記入日:2026.07.08
001.|なぜ、感情を握るのか
ONIGLEE(オニグリー)の記録を、少しずつ始めてみようと思います。
オニグリーは、感情をおにぎりのように握って、かたちにしてみるための試作プロジェクトです。
うれしい。
くやしい。
なんだか落ち着かない。
でも、うまく言葉にできない。
そういう気持ちは、子どもだけでなく、大人の中にもあると思います。
言葉にできる感情は、誰かに伝えられる。
けれど、言葉になる前の感情は、心の中に残ったまま、うまく外へ出てこないことがあります。
そのとき、もし手を使って、ぎゅっと握ったり、押したり、丸めたりしながら、自分の気持ちに触れることができたらどうだろう。
正しい形をつくるのではなく、そのときの力や迷いや勢いが、そのまま形として残る。
きれいな形でなくてもいい。
説明できなくてもいい。
ただ、その人がそのとき握ったものとして、そこに残る。
オニグリーで考えたいのは、感情を正しく分類することではありません。
怒りは何点。
喜びは何色。
悲しみはこの形。
そうやって決めてしまうのではなく、言葉になる前の気持ちを、いったん手の中に置いてみること。
そして、その形を見ながら、自分でもう一度感じてみること。
これは何だったんだろう。
どうして、こんな形になったんだろう。
このとがったところは、何か気になっていたことなのかな。
この丸いところは、少し安心している感じなのかな。
そんなふうに、自分の感情と少し距離をとって向き合うための道具にならないかと考えています。
きっかけのひとつは、子どもが手を動かしているときの表情でした。
何かをつくっているとき、手元だけでなく、顔にも気持ちが出ている。
集中していたり、笑っていたり、少し悩んでいたりする。
その表情と、手の中で変わっていく形は、どこかつながっているように見えました。
手は、思っている以上に感情を知っているのかもしれない。
オニグリーは、まだ完成したものではありません。
何ができるのかも、どんな形になるのかも、まだ未確認です。
でも、言葉にしきれない気持ちを、手でそっと扱うこと。
その人だけの心の形を、いったん外に出して見てみること。
そこから、人と人の間に、少しやさしい会話が生まれるかもしれない。
まずは、その可能性を記録していきます。